心に響く仏教のことば
曹洞宗の書・拝見

吉岡博道(よしおか・はくどう)
1942年9月27日、静岡県生まれ、駒澤大学仏教学部卒、永平寺僧堂研究科修了。
現在静岡県藤枝市文化財保護審議会会長、禅文化・洞上墨蹟研究会会長、正泉寺東堂。


 無隠道費 書


 早いもので春のお彼岸を迎えます。万物生成の春です。春らしい掛軸を紹介します。

「一夜花開世界起」

 一夜、花開いて、世界起(おこ)ると訓みます。
 一輪の花が咲く。それが真実の悟りの世界です。
 「正法眼蔵」梅華の巻にこの言葉は出てきます。
 書いた人は無隠道費(一六八八ー一七五七)です。
 昨年、秋号に紹介した無得良悟の法を嗣いだ人です。
 無得禅師は肉太で迫力がある書体でしたが、無隠禅師は繊細でなめらか、さっぱりとした書きぶり、こだわりを感じさせないもの。
 漢字を書いていて、平仮名を書くような心づかいが見えます。
 無得禅師のあとを継いで石川県実性院、山口県大寧寺等が主な住地です。
 この無得・無隠の法系は現在も継続し、文章筆硯を重視する流れです。
 ついでながら無隠禅師の詩集「無孔笛」は江戸時代より、宗門僧侶に愛読されました。


 瑞岡珍牛 書

 次は

「碧玉盤中珠宛轉」

 碧玉盤中、珠宛転(へきぎょくばんちゅう、しゅえんてん)と訓みます。
 碧い水晶のような盤の上を丸い玉が自由自在にまわり、ころがる。
 つまり、物事がスムーズにいく、世の中、何事もこのように動いてくれればいうことはないのですが、仲々、そうはいきません。
 せめて、この言葉を脳裏に刻んで、珠宛転〜と念じたいものです。
 雄渾な筆づかいで一気に七文字を書き貫ぬいて、珠が転がっている感じです。
 瑞岡珍牛(一七四三ー一八二二)は宗門では珍しく絵も書いた人です。
 そのうち、宗門画僧もとりあげる予定です。
 全国各地に住職し、長野県全久院、岐阜県龍泰寺、大阪府法華寺、名古屋市万松寺を経て、最後は名古屋の慶雲軒(現永平寺名古屋別院)に住しました。
 無隠・珍牛両禅師の書画はよく見かけます。宗門尊貴のものです。


 (二幅共、正泉寺所蔵)